日本神経心理学会

神経心理学への誘い

神経心理学的な代表的症候

読み書きの障害:字が読めない,書けない
櫻井 靖久 先生(三井記念病院神経内科)

I. はじめに

 字が読めない,書けないという症状は,失語症や小児の発達性学習障害でみられる症状ですが,これらとは関係なく,独立して生ずることがあります.原因は,脳血管障害(脳梗塞,脳出血,脳動静脈奇形など),脳腫瘍,頭部外傷などいろいろで,これらにより脳の一部が局所的に損傷を受けたときに起きます.症状を引き起こす脳の部位はだいたいわかっていますが,細かなところで,諸家の一致を見ていないものもあります.典型例かまだ知られていない病巣によるものかは,脳のアトラスを見て病巣を正確に同定する必要があります.脳回の同定には,すぐれた成書1)がいくつも出版されているので,参考にしてください.最低限の脳解剖学の知識は櫻井2)に記述されています.

II. 失読および失書の分類

 神経学的な分類と認知神経心理学的な分類がありますが,認知心理学的な分類は失語も含めた症候学的な分類になっています.ここでは神経学的な分類を挙げます().認知心理学的な分類は櫻井3)に紹介してあります.脳の局所損傷による読みの障害を失読alexia,書字の障害を失書agraphiaといいます.失読と失書は合併して起きることもあれば,それぞれ独立して起きることもあります.合併して起きるものを失読失書,単独に起きるものを純粋失読(失書を伴わない失読),純粋失書(失読を伴わない失書)といいます.

表.失読および失書の分類(櫻井3)

I. 純粋失読
 A. 古典型(脳梁膨大部型):後頭葉内側(一次視覚野)+脳梁膨大部
 B. 非古典型(非脳梁膨大部型)
  中部紡錘状回
  後部紡錘状回・後頭葉後下部
II. 失読失書
 角回・外側後頭回
 側頭葉後下部(中部紡錘状回・下側頭回後部)
III. 純粋失書
 中側頭回後部
 角回
 縁上回
 上頭頂小葉(頭頂間溝)
 中前頭回後部

III. 純粋失読

 文字を読むプロセスは,文字に含まれる個々の視覚要素の認知,文字あるいは単語全体の視覚認知,文字を音韻に変換する過程,文字あるいは単語全体の形から語彙・意味にアクセスする過程,文字・単語と結びついた音韻情報を運動野・運動前野の構音をつかさどる領域に伝える過程などを含みます.このいずれかが障害されると,失読になります.純粋失読は,このうち文字認知の段階における障害を指します.
 「字が読めない」というのが純粋失読の主訴です.自分の書いた文字も読むことができません.軽度の場合,テレビのテロップが追えないと訴えることもあります.1文字認知が障害され,仮名文字を1文字ずつ読んではじめて,意味把握が可能になります(逐字読み).文字数が増えるにつれて,読みに要する時間が長くなり,間違いも多くなります(語長効果,文字数効果).文字を指でなぞると,読めることがあります.漢字が読めなくなることもあれば,仮名が読めなくなることもあります.これを確かめるには,2字熟語を漢字と仮名で別々に呈示して,読ませるとよいでしょう.数字の読みは多くの場合,保たれています.右の同名半盲,色名呼称障害,記銘力低下,同時失認(状況画の把握が困難)を伴うことが多くあります.
 病巣として左右の大脳半球をつなぐ連合線維である脳梁の後部にある脳梁膨大部を病変に含むものと含まないものとに大別されます.図1は脳梁膨大部を病変に含むタイプの病巣を示したものです.左後頭葉内側の一次視覚野が梗塞に陥っており,従って,左半球に視覚情報は入りません.右半球に達した視覚情報が脳梁膨大部を通って左半球に伝わってはじめて文字読みが成立します.ところが脳梁膨大部も梗塞になっていると,文字の視覚情報が伝わらないので,文字の視覚認知は右半球で成立しても,左半球の言語処理領域に達しないので読むことができません.

図1

図1.脳梁膨大部型純粋失読のMRI拡散強調画像.
右同名半盲があります.漢字,仮名,数字いずれもそれぞれ漢字,仮名,数字であることはわかりましたが,読めませんでした.なぞり読みも無効でした.左後頭葉内側(舌状回),外側後頭回,紡錘状回,海馬傍回に高信号が見られます.左脳梁膨大部(矢印)にもスリット状の高信号が見られます7)

図2

図2.角回性失読失書のMRI T2強調画像.
右下四分盲,仮名の錯読,漢字の失書,失名辞,言語性短期記憶障害,失算を呈しました.左角回とその後方の外側後頭回にヘモジデリン沈着を伴う高信号(脳出血後の変化)を認めます8)

IV. 失読失書

 角回型と側頭葉後下部型があります.角回は頭頂葉の下半分の後部に位置する脳回で,その損傷でゲルストマン症候群Gerstmann’s syndromeを生ずる部位として知られていますが,ゲルストマン症候群は角回の前方にある縁上回の病変でも出現します.角回性失読失書の特徴は,仮名の失読,漢字の失書です.しかし,失読は角回から後下方の外側後頭回(中・下後頭回)まで損傷されないと,出現しません.
 側頭葉後下部型の失読失書は漢字に選択的な失読失書になります.呼称障害(失名辞)を伴うことが多くあります.側頭葉後下部の正確な病巣は中部紡錘状回・下側頭回後部で,ここは視覚性語形領域visual word-form areaと呼ばれ,単語の視覚イメージが貯蔵されているところと考えられています.前述の純粋失読は一次視覚野からこの視覚性語形領域に至る経路の障害と考えられます.

V. 純粋失書

 書き取りのプロセスを認知心理学的に考えてみると,一次聴覚野から聴覚連合野(Wernicke野)に達した音韻情報を継時的に運動野・運動前野の手の運動をつかさどる領域に伝える過程,音韻情報を文字情報に変換する過程,文字情報に運動覚情報を加える過程,運動覚情報を運動野・運動前野の手の領域に伝える過程などが想定されます.書字が成立するためには,少なくとも書くべき文字の視覚イメージ,運動覚情報,音韻情報が中心前回の手の運動をつかさどる領域に伝わっていなければなりません4).これらの機能は前頭葉,頭頂葉,側頭葉に散在しており,従っていずれの領域の損傷でも書字障害が出現します.仮名は錯書(誤字),漢字は想起困難に基づく失書になることが多くあります.孤発性の失書が出現することが明らかになっている損傷部位は,中側頭回後部,角回,縁上回,上頭頂小葉,中前頭回後部です.詳細は櫻井5)を参照ください.
 最後に最近,学会誌「神経心理学」の特集で「読み書き障害update」を編纂しました6).局所病変ごとに読み応えのある総説が掲載されています.興味のある読者はご一読ください.

文献

1) 石原健司. CD-ROMでレッスン 脳画像の読み方 第2版. 東京: 医歯薬出版; 2017.
2) 櫻井靖久. 失読・失書. 急性期から取り組む高次脳機能障害リハビリテーション.河村 満(編). 東京: MCメディカ出版; 2010. p. 41-51.
3) 櫻井靖久: 読み書き障害の基礎と臨床. 高次脳機能研究 2010; 30: 25-32.
4) Sakurai Y, Furukawa E, Kurihara M et al: Frontal phonological agraphia and acalculia with impaired verbal short-term memory due to left inferior precentral gyrus lesion. Case Rep Neurol 2018; 10: 72-82.
5) 櫻井靖久: 非失語性失読および失書の局在診断. 臨床神経学 2011; 51: 567-575.
6) 櫻井靖久: 特集 読み書き障害update 巻頭言. 神経心理学 2016; 32: 276-277.
7) 櫻井靖久. 読字書字障害. 高次脳機能障害の考えかたと画像診断. 武田克彦, 村井俊哉(編). 東京: 中外医学社; 2016. p. 131-144.
8) 櫻井靖久. CASE 24 言葉が出ない. 症例で学ぶ高次脳機能障害.病巣部位からのアプローチ. 鈴木匡子(編). 東京: 中外医学社; 2014. p. 148-152.

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