臨床2年目の時に,表記不能型ジャルゴンの患者様を担当しました.認知機能も保たれており,リハビリテーション意欲も非常に高く,ご家族と毎日熱心にリハビリテーションに取り組んでくださった方でした.しかし,当時はその『日本語文字でほとんど表記できない不明瞭な発話』が何なのか,発生機序も有効なリハビリテーションもわからず,さまざまな研修会に参加し,試行錯誤を繰り返す毎日でした.
そのような中で,当時,山形大学大学院医学系研究科に言語分析学講座が開設され,丸田忠雄教授をアドバイザーに迎え,言語聴覚士による失語症の症例検討会が開始しました.その勉強会の中で先行研究をたどり文献を調べてみると,その発話症状が,松田実先生が提唱された『表記不能型ジャルゴン(松田ら, 1997)』に合致することがわかりました.発生機序や神経基盤について示唆を得ることができ,リハビリテーションのきっかけをつかむことができました.症例にみられる病態を解き明かすためには神経心理学的アプローチが欠かせないと鮮明なインパクトを与えられたことを今までも覚えています.
文献:
松田 実, 鈴木則夫, 生天目英比古, 中村和雄, 中谷義文.「未分化ジャルゴン」の再検討:症例報告と新しいジャルゴンの提唱. 失語症研究 17(4), 269-277, 1997
臨床を積むに従い,言語聴覚士として患者様に有効なリハビリテーションや支援を行うためには現場での臨床と臨床研究の両輪が必須であると痛感するようになりました.そのために神経心理学をしっかり学びたいと考えていた折,2007年に山形大学大学院医学系研究科に高次脳機能障害学講座が創設され,鈴木匡子先生が就任されました.大学院に入学し,鈴木教授から指導を受けるチャンスをいただき,鈴木先生の下で神経心理学のいろはを一から学ぶことができたことは私の人生の中で最も幸運なことの一つです.
症例を丁寧に詳細に検討し,その病態をさぐり,リハビリテーションにつなげていくアプローチは臨床において欠かせません.今後もなお一層,神経心理学の臨床的,リハビリテーション的意義はますます大きくなっていくと思います.今後も臨床研究に携わりながら,大学にて後進の育成に尽力してまいりたいと考えています.
言語聴覚士が携わる日常の診療(言語聴覚療法)において,目の前の患者にみられる現症がどのようなメカニズムで起こっているのかを明らかにできなければ,適切なアプローチをすることは困難です.どこがどのように障害されているかがわからなければ,リハビリテーションの手掛かりを得ることができないからです.このような時にどうすればよいか.そこで有効となるのが神経心理学です.詳細な神経心理学的検討を行うことによって,患者にみられる現症がどの障害レベルで生じているのかが明らかとなり,アプローチの手掛かりをつかむことが可能となります.神経心理学を学ぶには,“急がば回れ”.しっかりした指導者の下で一から学ぶことが重要です.神経心理学は臨床(日々出会う患者様のリハビリテーション)という大海を進むうえで欠かせない羅針盤となると確信しています.