私は,2002年に山形大学医学部精神科に入局後,いわゆるストレート方式による研修で,民間の単科精神科病院に勤めておりました.赴任して数か月後に,行動障害型前頭側頭型認知症の患者さんを受け持つことになりましたが,その患者さんはそれまでに,統合失調症や躁うつ病,アルツハイマー型認知症などの診断がなされていました.画像診断を行えば一目瞭然なのですが,確かに症状の一部を切り取ればそう見えなくもない部分もある為,精神科医で画像診断に強くないと,神経変性疾患の鑑別に苦慮するのでないかと思いました.大学の医局では,当時,川勝忍先生(福島医科大学会津医療センター精神医学講座)が週1回,画像の勉強会を主宰していた為,その勉強会に出席するようになりました.
医師2年目になり,川勝先生より「認知症関連の学会に行ってみない?」と誘われて,内容もよく把握せず参加したのが,2003年の道後温泉大和屋本店で行われた神経精神医学会(田辺敬貴先生大会長)でした.医師になって初めて参加した学会でしたが,学会会場が温泉宿であったこともさることながら,会長講演の「原因疾患による症候の意義」(抄録に詳細は不明です.ご期待くださいとのみ書いてあったのも印象的でした)や,森悦朗先生によるレビー小体型認知症と大東祥孝先生によるカプグラ症状のセミナー,そして一般演題での質問の濃さと長さなどに,魅了,圧倒され,症候学の重要性に触れた貴重な経験でした.その後,意味性認知症の患者さんを初診で受け持ち,自分でWAB失語症検査などを行いながら診療したことが,神経心理学を勉強する必要性を強く感じたきっかけになりました.
私のような凡庸な者にとって,厚い清書は少々取っ付きにくかった為,まずは,神経心理学コレクションシリーズを何度も読みました.そして,認知症関連の学会や研究会に多く参加し勉強するとともに,徐々に学会発表を行いました.2007年から,鈴木匡子先生(東北大学高次機能障害学)が当大学に赴任され,精神科と合同で認知症の勉強会が始まり,容易に神経心理学を学べる環境に恵まれました.もちろん,論文や教科書を読むことも大事だと思いますが,私は学会や研究会での発表や質問が一番自分を成長させてくれたと思っています.対面で行われる学会や研究会は,最近では症例の動画も見ることができ,そしてその場で諸先輩方に質問できる,最高の家庭教師付き参考書ではないかと思います.
現在,私どもは,認知症をはじめとする神経変性疾患の症候(神経心理学),画像診断,治療・ケア,剖検・病理診断を自ら診て,神経心理-画像-病理の相互連関を明らかにすることをメインテーマとして活動しています.神経変性疾患は血管障害と比較して,病巣が広範である為,症候が非典型的になる可能性があります.そういった神経変性疾患ならではの症候や,背景病理による症候の違いなどを明らかにしたいと考えています.剖検がとれても,十分な病歴や神経心理学的データがないことが多い中,少人数の体制ではありますが我々の強みを生かして,今後も地道に1例1例を丁寧に診ていけたらと思います.そして,前述した田辺先生の会長講演における「原因疾患による症候の意義」というメッセージを,我々流に「背景病理による症候の意義」として踏襲していけたらと考えております.
神経心理学を専門とする指導者に容易にアクセスできない初学者にとって,神経心理学は,どこか門外不出の直伝の技の様に感じてしまって,尻込みしてしまうかもしれません.しかし,本学会の諸先輩方は所属の垣根を越えて本当に丁寧に教えてくれます.教科書でわからないこと,症例で悩んだ時は,是非学会に参加して諸先輩方に質問しましょう.そして,神経心理学雑誌への投稿も是非してみてください.厳しさと温かみを内包した査読結果は,決して英文誌では得られない,自分を成長させてくれる最高のtipsとなるはずです.