日本神経心理学会

神経心理学への誘い

神経心理学的な代表的症候

遂行機能障害:計画を立てたり,計画通りに行動したりすることができない
船山 道隆 先生(足利赤十字病院神経精神科)

 遂行機能障害は社会生活や日常生活のIADLに多大な影響を与えます.筆者が遂行機能障害を探求しようと思ったのは,以下の症例を担当するようになったからです.

症例

 70代男性,もともと公務員の管理職として働いていました.既往歴には高血圧と糖尿病がありました.数ヶ月前に突然始まった物忘れを主訴に来院しました.一般身体所見には異常なく,神経学的には意識清明で脳神経系・運動系・感覚系にも異常を認めませんでした.主訴を詳細に聞くと,日常生活上で目立ったのは出来事を忘れるエピソード記憶の低下というよりも,計画を立てられない,計画を立てても計画通りに行動することができない,頭の切り替えができない,突発的なことに対応できない,複数のことを処理できないなどといった,遂行機能に関連する訴えでした.頭部MRIでは左前頭葉背外側部に限局した脳梗塞を認め,99mTc-ECDによるSPECT eZIS解析では同部位に相対的血流量の低下を認めました(図1).

図1

図1 前頭葉背外側部損傷例の頭部MRI FLAIR画像,99mTc-ECDによるSPECT eZIS解析
(出典:ベッドサイドからはじめる高次脳機能障害のみかた,中外医学社,2019年,小林俊輔編)

日常生活上に出現した遂行機能障害

 本例は遂行機能障害によって日常生活に支障が生じていました.例えば,ある日の午前中,歯医者,ガソリンスタンド,郵便局の3か所に用事がありましたが,3か所を連続して回ろうと計画すると頭が混乱してしまい,どのように用事を済ませばいいか分からなくなりました.そのため本人は,自宅から歯医者へ行き,歯医者での治療を済ませてから自宅に帰り,その後ガソリンスタンドへ行き,ガソリンを入れてから自宅へ帰り,最後に郵便局に行き用事を済ませなければなりませんでした.すなわち,複数箇所の用事を計画すると混乱してしまい,1か所ずつ用事を済ませては自宅に帰ることを繰り返さなくてはならなかった状況でした.
 本例は,以前から大型バイクの改造と修理を趣味としていました.しかし,脳梗塞後はねじのゆるみを強めるなど単純な作業は可能でしたが,部品の取り替えなど複雑な手順の作業を計画することが困難となりました.さらに,実際に計画したとしても,部品の取り替えのために必要のない高価な部品を買ったり違う部位の部品を買ってきたりしていました.業者に頼んでも,元々の計画とは異なる別の部位の部品を頼んだりして,計画と実際の行動の一貫性がありませんでした.
 銀行に行っても,ルーチンである口座からの引き出しのレベルは可能でしたが,以前から行っていた資産運用に関しては,いくらスタッフから説明を受けても自分で資産運用のシミュレーションや計画を立てることが困難となり,家族が代行するようになりました.
 自宅で得意にしていた料理においても問題が生じました.一つの料理であれば問題は生じませんでしたが,味噌汁と野菜炒めといった同時に2つのものを作っているときには,味噌汁を作っている際に野菜炒めに注意が向かずに野菜を焦がしてしまいました.また,今まで得意であったさまざまな会でのスピーチが脳梗塞発症以降はうまくこなせなくなりました.特にその場でのアドリブができなくなってしまい,結婚式でのスピーチは自宅で何度も練習をするなど,予行練習を何度も行って完璧になるまで練習しないとならなくなりました.

神経心理学的所見

 神経心理学的所見は日常生活上の遂行機能障害を反映する結果でした.知能面は改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)が27/30,ウェクスラー成人知能検査(WAIS-R)は言語性110, 動作性108, 全検査IQ110と良好でした.一方で遂行機能障害症候群の行動評価(BADS)は11/24(年齢補正した標準化得点は74)と,知能と比べると低下していました.特に,提示された複数の規則に従いながら複数の事項を同時に計画し予測する能力を測定する動物園地図検査では,自ら計画することもできず,実際に計画案が提示されたとしても,計画通りに遂行することが困難でした.

遂行機能とは

 遂行機能はLezak1995の定義によると,目的をもった一連の活動を有効に成し遂げるため,自ら目標を設定し,細かい手順の計画を立て,目標を維持しながら実際の行動を効果的に行う(必要なら修正しながら)能力と言われています.遂行機能は各機能領域を超えた,「超」機能領域的な機能です.すなわち,前提として,言語,行為,視覚認知,視空間認知,エピソード記憶,意味記憶,注意,意欲などといった各領域の機能は正常であることが基本です.遂行機能とは,これらのさまざまな機能を使いながら,目的のために一連の複数の過程を効率的にこなしていくことを指します.われわれは,日常生活においては手段的日常生活活動(IADL)の場面で遂行機能を多用しています.遂行機能は,買い物,料理,銀行・郵便局・役場などの手続き,対人関係の構築,就労の際などありとあらゆる場面で必要となる機能です.遂行機能が低下すると,いくら知能をはじめとする認知機能の検査成績が良好であっても,多くの場合で社会生活は困難となります.重度であると行動の目標すら立てられません.軽度の遂行機能障害であっても,計画が立てられなかったり計画通りにものごとを運べなかったりするために,管理的な職種は困難となります.討論の場では複数の人から発言があるだけで混乱してしまいついていけず,部署内をまとめるスケジュールも作れず,予定以外の面会が入るとどうしていいか分からなくなり,他の人との会話中に電話が入ると混乱し,予定のキャンセルや仕事の順番の変更でも混乱してしまうこともあります.自宅では料理をするときに混乱が生じることが多く,料理を行う上での計画や,複数の料理を同時並行で行うときに失敗が生じやすいことが一般的です.

遂行機能とワーキングメモリとの関係

 遂行機能とワーキングメモリは前者が臨床上の神経心理学からみた目的や計画という観点で,後者は実験心理学や動物を用いた研究から記憶や情報とその操作という観点からみたものですが,両者は違う観点から類似した機能をみているとも言えます.ワーキングメモリとは一時的に記憶や情報を保持してそれを処理/操作する記憶の仕組みです.特に複数の情報を同時に保持・処理・操作する場合には,ワーキングメモリを多用していると言われます.例えば,暗算をするときは複数の数や計算の過程を覚えておきながら,答えを出すために数の操作(計算)をしなくてはなりません.2つの料理を並行しながら行うとき,話をしながら運転をするとき,ディスカッションやパーティーで数人の話を聞くとき,選択肢の中から最も良いもものを選ぶとき,いくつかの考え方を統合して新たな考えを作るときなど,さまざまな場面でワーキングメモリを使っています.
 ワーキングメモリは後部脳損傷にても障害されますが,後部脳損傷であれば操作のレベルより,さらに基本的な短期記憶スパンを中心に低下が認められます.すなわち,数唱の順唱自体が低下したり,タッピングスパンで表されるよう視空間のスパン自体が低下したりします.一方で前頭葉背外側部の損傷によるワーキングメモリの低下では,短期記憶よりも複数の情報を同時に扱うことが困難になります.この症状は,遂行機能障害と大きく関連します.

» 神経心理学的な代表的症候INDEXへ戻る

このページの先頭へ